Cigar 死す
http://www.pedigreequery.com/cigar2
ダート路線で芽が出ず芝に転向してブレイク、というケースはアメリカではよくありがちですが、Cigar はその逆。芝路線で頭打ちになってダートを走らせてみたら凄かった、という希有な例です。
http://ahonoora.com/cigar.html
馬主のアラン・ポールソンは当時最も勢いのある馬主で、90年代初頭に世界的な注目を集めたアラジ、その前には Theatrical なども所有していました。アメリカ国旗をあしらった勝負服は、ダート王道路線に颯爽と現れた Cigar のイメージにぴったりで、アメリカンドリームを具現化した存在、といった趣がありました。95、96年のブリーダーズCを現地で観戦したのですが、凄まじい人気でした。
米ニューヨーク州のベルモントパークで行われた95年のブリーダーズCクラシックは、Cigar にとってはまさに飛ぶ鳥を落とす勢いだったころで、負けるシーンは想像できませんでした。そのとおり、圧倒的な人気にこたえて勝ちました。3〜4コーナーの中間で Cigar が外からまくって先頭に立ったとき、実況のトム・ダーキンが「Cigar!」と絶叫。その瞬間、スタンドがワッ!と盛り上がり、スタンドの椅子に座っていた観客がバネで弾かれたように総立ちになったことを思い出します。まったくの楽勝でした。
http://youtu.be/-9cgu0Y6G7E
カナダのウッドバインで行われた翌96年は引退レース。連勝記録が途絶えたあとで、直近の3戦で2敗を喫するという明らかにピークを過ぎた状態。しかも、裂蹄の不安も抱えていました。今年は厳しいかな……という情勢ながら1番人気に推されたのは、この馬を応援するファンが多かったからでしょう。
当時、『週刊競馬通信』に書いた観戦記から引用します。
「この馬が人々にどれだけ愛されているか。それをパドックへ行って改めて実感した。柵の周りは鈴なりの観衆であふれ、入り込む余地がない。彼らのほとんど が Cigar 目当てなのだ。人の輪の後ろを歩いていると、Cigar に対する声援が途切れることなく耳に入ってくる。空いている場所を見つけて強引に身体をもぐり込ませ、柵沿いスペースを確保した。隣にいたのは70歳過ぎの白人の老婆だった。どうやらアメリカから来ているらしい。煙のような白髪と、ビー玉のような緑色の目玉が印象的だった。彼女は皺だらけの手で柵を握り、大きく見開いた眼で筆者を見つめ、つぶやいた。
『シガーはね、シカゴでは私の目の前を6回も通ったのよ』
おそらく、7月20日にアーリントンパークで行われたサイテーションチャレンジS (ダート9F)のことをいっているのだろう。こんなお婆さんをカナダまで呼び寄せてしまうのだから Cigar は偉大だ。」
「1コーナーのはずれにある馬場入口から各馬が入場を開始し、“6番”のゼッケンをつけた Cigar が姿を現すと、観衆から拍手が沸き起こった。スタンド前をポニーとともにゆっくりと通過する間、彼の最後のレースを見ようと集まった観衆は立ち上がって拍手を続け、1分ほど鳴り止まなかった。そこにはアメリカ競馬を引っ張ってきたヒーローに対する称賛とねぎらいが込められていた。」
レースは、いつものように外からマクったものの、全盛期の力はすでになく、直線で Alphabet Soup、Louis Quatorze との叩き合いに敗れて3着に終わりました。手綱を取ったベイリー騎手は、厳しい競馬になることは分かっていたでしょう。それでも、姑息な手に走ることなく、王者にふさわしい競馬をさせました。それが Cigar という希代の名馬に対する敬意だったと思います。
http://youtu.be/JCg6CT-2eRs
Cigar の姿を思い出そうとすると、このレースが終わった直後、黄昏のなかを引き揚げてきたシーンが頭に浮かんできます。颯爽と勝ちまくっていたころの姿より、なぜか印象に残っています。首筋をポンポンと叩いて労をねぎらうベイリー騎手の表情が18年経ったいまも忘れられません。
- 2014.10.11 Saturday
- 思い出
- 01:03
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- by 栗山求