パーフェクト種牡馬辞典


カントリー牧場、オンワード牧場が歴史を閉じる


 いずれも1960年代の前半に誕生した名門牧場です。これだけの歴史を積み重ねた事業を撤退するのですから、その理由はひとつではないとは思いますが、報道によると後継者の不在が直接の原因のようです。カントリー牧場に関しては、今世紀に入ってからタニノギムレット、ウオッカ、ビッグウィークを出すなど、中堅規模の牧場としては目を瞠る成果を残していただけに、正直びっくりしました。


海外でもウィンドフィールズファーム、オーヴァーブルックファーム、カルメットファームなど、名の知れた大牧場が消える例は珍しくありません。理由はいうまでもなく経営不振ですが、代替わりに端を発することが少なくないですね。牧場経営は専門的な知識や技術に加え、リーダーの熱意が必須ですから、後継者が誰でもいいというわけにはいきません。アメリカのメドウステーブルは、牧場を経営していた人物の後継者に、それまで主婦をしていた娘が手を挙げ、さまざまな困難にぶつかりながらも乗り越えて米競馬史上に残る名馬 Secretariat を送り出しました。稀な成功例といえるでしょう。


カントリー牧場、オンワード牧場とも、我が国の競馬を盛り上げた功績は絶大です。心から感謝したいです。




コメント
本当に残念なニュースが続いて残念です。

老舗牧場が無くなる度に…競馬ファンとして、
悲しいばかりです。

ただ…ひとつだけ、喜んだのは、
ウオッカも、社台で繁殖入りと聞きました。
ウオッカは…タニノブランドの集大成なので

社台であれば…当分は安泰そうで安心です。

産駒が、クラブで募集とかされたら、凄い人気になりそうな感じですね。
  • brokken
  • 2012/01/31 7:13 PM
栗山さんこんばんは。悲しいニュースですね。
時代からしょうがない部分もあると思いますが。特にカントリー牧場はホントにショックです。

流行りの血統ではなく、スタミナ色が強い配合でウオッカやタニノギムレット親子を出してきた日本版ドイツみたいな牧場だけに。

メジロもそうでしたが、独自路線で配合をしてたところが消えていくと増して似通った血統が増えていきそうで不安を覚えます。

  • まさ
  • 2012/01/31 11:40 PM
>brokken 様

一言でいえば時代の流れ、移り変わりなのでしょう。ただ、当然あるものと思っていたものがなくなると寂しさを覚えます。もし社台に行くとするならベストの選択でしょうね。社台グループ随一の繁殖牝馬ビワハイジは他牧場の生産馬でした。そんな存在になってほしいものです。
>まさ様

カントリー牧場については“まさか”という印象です。後継者がいなければ仕方がないとはいえ、これだけの牧場が消えてしまうのは残念の一語です。オンワード牧場については、ここ20年ぐらいはもうひとつでしたが、30年以上前までは華やかな栄光に包まれた日本有数の牧場でした。『樫山純三』(日本図書センター)という伝記は、「走れオンワード 事業と競馬に賭けた50年」という副題のとおり、競馬に関する記述もたっぷり盛り込まれた隠れた名著です。オンワード牧場も自前の血統から活躍馬を送り出そうと悪戦苦闘しました。ダービー馬ウィナーズサークルの母の父がグレートオンワードでしたね。
オンワード牧場、オンワードガイを同牧場で見たのが懐かしいです。当時内国産3代目種牡馬は極めて珍しく、その青く澄んだ瞳に見入ってしまいました。
1975年頃の朝日新聞に「私の会った人」と題する連載があって、武田文吾師が樫山純三氏との交友を語っています。以下はその切抜きからの抜粋です。「東京の八重洲口に店が建ったころ、病気をされた。そのお見舞いの際『日本一の洋服屋さんになられたから少し休養されてはいかがですか。馬でいえば上がりの1ハロンを13秒で走るのが普通なのに、あなたは絶えず11秒というトテツもない速さで走ってこられた。自分のスピードを見誤っての故障でしょう。牧場でもつくられて自然に親しまれては』と申し上げた。このあと、樫山さんは北海道・日高に牧場をつくられた。」とあります。
閉場は残念ですが血統的な遺産が他場で受け継がれていくことを期待したいですね。ミスオンワードとエルコンドルパサーがDalmaryで繋がるように。

  • ヒデハヤテ
  • 2012/02/05 5:11 PM
>ヒデハヤテ様

貴重な資料をご紹介いただきありがとうございます。樫山純三さんの牧場開設が武田文吾師の勧めによるものだとは知りませんでした。ミスオンワードを買ったことでクラシックを獲り、調教師との縁で牧場まで開き、そこで重賞勝ち馬をもうけたわけですから、樫山さんにとって特別な馬だったのでしょうね。Dalmary 系でビッグレースを勝った馬はミスオンワードが世界で最も早かったはずです。

オンワードガイはご存じのとおりレヴューオーダー系の最後の生き残りで、産駒は80年代まで中央でも走っていたので、わたしもかろうじて覚えています。もちろんオンワードガイ自身を見たことはありません。書物によれば、85年に死亡とあるので、じっさいにご覧になった方はもうそれほど多くはないのでは、と思います。貴重なお話ありがとうございました。

P.S.
『ブラッドホースコレクターズエディション』が届きました。例の表紙写真も確認しました。これはいいですね……。
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