パーフェクト種牡馬辞典


清水成駿さん死去


2016年8月4日、病気のため都内の病院で死去しました。68歳。わたしが競馬を始めた三十年ちょっと前、すでに業界有数のスター予想家で、『1馬』(現在の『優馬』)の看板予想家として数々のヒット予想を飛ばしていました。

1983年秋に上梓した『マジで競馬と戦う本』(KKベストセラーズ)は、約30万部売れたという話を聞いたことがあります。古今を通じて最も売れた競馬本である――と。その真偽は分かりませんが、信じるに足るものではないかと思います。競馬を始めたころ、馬券本を山のように買って読んだのですが、そのほとんどは散逸してしまい手元に残っていません。しかし、『マジで競馬と戦う本』は、いまだに本棚にあります。おろそかにできない何かがあったのだと思います。

凡百の馬券本と違うのは、読み物として楽しいということです。ひとつの事象を説明するとき、数字や理屈に頼るのではなく、レトリックを凝らし、わかりやすいたとえ話を用意し、だれもが「ああなるほど」と納得できるようになっています。当時、未熟な高校生だった自分にもスッと入ってきました。著者の旺盛なサービス精神の賜物です。そして、ときどきこんな格調高い文章がサラッと入ります。

「“勝たんとて打つべからず、負けじと打つべきなり”は徒然草の言葉だが、“勝たんとて打つべきなり、負けじと打つべきなり”が私の競馬だ。
 サラブレッドも、馬券も、勝つという目的においてのみ存在するものだからだ」

いま読み返しても、見事というしかない本です。爆発的に売れたのもよく分かります。

2000年9月、宝島社の『激走』という雑誌で清水成駿さんの人物評伝を書くため、取材を申し込んだところ、快く引き受けてくださいました。清水さんの行きつけの居酒屋でテーブルを挟んで向き合い、2時間ほどのインタビューをさせていただきました。少し離れたところにあるお店のテレビに、シドニーオリンピックの女子ソフトボール決勝の模様が映し出されていたのを思い出します。

「怖い人だよ」と、取材前に脅かす人がいたので、はじめは緊張していたのですが、いざ話し始めるとそんなことはなく、穏やかな表情で杯を傾けながら、低いトーンの、ゆっくりとした口調で、これまでの人生について淡々と語ってくださいました。

「記者になって何年目かな、ハードバージとラッキールーラで決まった昭和52(1977)年の皐月賞(77.3倍)を本命対抗で当てたときはいちばん嬉しかったね。2−2を3万円取ったのかな。だから払い戻しは200万以上。鶯谷のキャバレーでお金投げてたよ、ポケットに入りきらなくて(笑)。給料が5、6万ぐらいのころだから大きかったねえ」

といった武勇伝を聞くと、こちらもテンションが上がってきます。実家が本郷、学校が目黒にあったので、高校時代から通学途中に大井競馬場行きのバスに乗り込み、馬券を買って遊んでいたそうです。1968年、まだ大学を卒業する1年半も前に、アルバイトで入った『1馬』で予想家デビュー。1973年、25歳の若さで馬柱のいちばん上のポジションでシルシを打つようになったそうです。

「上の人がいなくなっちゃったから。馬券で失踪したりする人が続出して僕が付けるしかなかったの(笑)。ハイセイコーぐらいのときかな。いい加減なもんだよ」

清水成駿さんにとって「競馬は経済」という認識が原点で、初期の著作はこの哲学によって貫かれています。個人馬主と共有馬主、馬主経済、番組を読む、賞金から推理する、といった視点は、ここから生まれました。持ちタイム、コース適性、レース展開、血統といった従来の予想ファクターとはまったく違う革命的なものでした。

血統については、調教師試験に血統という科目を作れ、という主張が印象的でした。

「よく調教師にさ、調教師試験で一応労働法とか、いろいろな問題が出るわけだけど、血統の勉強をさせるっていうのは大事だと思うけどね。アフリートの子を長距離に使ったりとか、めちゃくちゃやってるからね。タマモクロスがいちばんいい例じゃない。あんな芝馬を最初はダートばかり走らせてたんだから。『この馬はどのレースに向くか』とか、まずそういう試験があるべきだと思うね。いま調教師試験にいちばん欠けてるものだと思う。直接の、馬主を管理するファンドマネージャーとして、血統を知らないということはいちばん決め手に響くものだからさ。この馬が何に向いているかっていうのを、馬を見て判断するのも調教師の仕事かもしれないけど、どういう馬にしようという大局観は血統を知らないとね。こういうものを試験に出さないといけないと思うよ」

そのほか、ここでは紹介しきれないほどのおもしろいお話をしていただきました。コラムによく登場する“保険屋の藤田”は大学時代の同級生で実在すること。笹沢佐保の『木枯らし紋次郎』が好きなこと。『1馬』の人気コラム「スーパーショット」は当日の朝5時ごろに書いていること。ヤクルトファンであること。それから、年の離れた後輩である佐藤直文さんと庄司真さんのことを褒めてらっしゃいました(庄司さんは昨年亡くなられました)。

「文才というのは会得するものじゃない。ある人はずっとあるし、ない人は何年書いてもない。文のテクニックっていうのはある。テクニックというのは書けば書くほど上達する。才能っていうのは文書いても話しても同じだから。話することを文にすればいいわけだから。それは才能なんだね。香具師の口上じゃないけど、人の心をギュッとつかんで、目を逸らさせずに自分の世界に持っていけるか。それは最初が肝心なんだよ。スーパーショットも同じ。最初の一行にかかってる」

二十数年前の「スーパーショット」にこんな一節がありました。

「かつて競馬にしろ競輪にしろギャンブル・ファンは、いつも怒っていた。頭に鉢巻きを巻いた親父だけではない、銀行員も学校の先生も鉢巻き親父以上に罵声をとどろかせていた。たまに決まりそうになれば、そのままと大声で叫び、外れればバカ野郎か八百長である。そんな怒りが重賞レースでは、地の底から沸き上がる大歓声となった。競馬場には喜怒哀楽が渦巻き、何にも替えがたい自由があった。だが今は紳士に淑女、それにジーパンの若者。罵声が横断幕に変わり、怒りは手拍子にかき消された」

清水成駿さんが愛した競馬は、ここに描かれた旧時代のものであり、それこそが彼を育んだものでした。そうした時代はもはや消え去ってしまった以上、彼のような個性が競馬界に現れることは二度とないでしょう。



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