パーフェクト種牡馬辞典


石川ワタルさん死去


闘病されていると知ったのは、今年のダービーが終わった直後、カメラマンや関係者でごった返すターフの上です。久しぶりに顔を合わせた宇田川淳さんが「石川さんの体調、あまり良くないみたいなんだよね……」とつぶやきました。なんと末期癌とのこと。あまりに突然のことだったので目の前の風景がグニャッと歪んだような気がしました。

それから2ヵ月半、レーシングプログラムや雑誌などで幾度か文章を目にする機会がありました。以前と変わらぬ調子のそれらを読むと、ひょっとしたら病気はガセネタではないか、と思ったりもしました。仮に癌が本当だとしても、かなり持ち直してきているのではないか……。

それは空しい願望でした。亡くなったと知らされたいま、脳裏に甦るのは石川さんの人懐こい笑顔です。大らかで陽気で優しく、冗談とダジャレと女性が好きで、いつも人の輪の中心にいらっしゃる方でした。初めてお会いしたとき、わたしは20代前半のペイペイでしたが、偉ぶることなく接していただいて感激したのを思い出します。それから幾度となく仕事やプライベートでご一緒させていただきましたが、石川さんのキャラクターはまったく変わることはありませんでした。

お仕事の大きな柱は『優駿』で担当されていた海外競馬ニュースですが、それを読んで日本以外の競馬に目覚めた方は少なくないと思います。わたしもそのひとりです。ともすれば専門的で難解な方向に傾きがちな海外競馬というジャンルを、初心者にもわかりやすく平明な文章で伝えた功績はきわめて大きかったと思います。それはまさに石川さんの飾らないお人柄の成せる業でした。

世界のなかの日本競馬、という問題意識をつねに抱え、日本競馬の改善すべき点といった方向に話題が及ぶと、真剣なまなざしで話が尽きませんでした。もちろん、外国かぶれといった浅薄なものではありません。三十数年前、イギリスの競馬評論家トニー・モリスが日本を「種牡馬の墓場」と評したときには、本人宛てに反論の手紙を書いたそうです。日本の競馬に愛と誇りを持ち、日本の馬が海外で活躍することを誰よりも望んでらっしゃいました。

年に数回、海外の大レースを取材されていたので、ブリーダーズCや凱旋門賞に出向いた際にはしばしば顔を合わせました。数年前の凱旋門賞ではロンシャン競馬場の正門近くで石川さんご夫妻と遭遇。石川さんは英国紳士風の盛装で、そんな姿は一度も見たことがなかったので「すごいコスプレですね。レンタルですか?」と言ったところ、「栗山くんね、ボクだってこれぐらいの服は持ってますよ」と朗らかに笑われました。永遠の青年といった心の若さがあり、20歳以上も年が離れているのに、まったくそんな気がしませんでした。

2013年の晩秋に『石川ワタル、世界をワタル』(東邦出版)を上梓されました。個人的に大好きな本です。そのいちばん最後に収められた「走馬灯」という作品はこんな書き出しです。

………………………………………………………………………………………
 人は死ぬとき、瞬時のうちに一生を振り返るという。過去の出来事が、わずか1秒か2秒か3秒か、超早送りのフィルムとなって脳裏に再生される。もう2度と見ることのない自分の人生。
 人はその思い出のアルバムを見ながら、死んでいく……。
 僕はそのとき、どんな光景を見るだろう?
 ――こんなことを考えるなんて、きょうの僕はどうかしているのか?
………………………………………………………………………………………

このあと、石川さんがこれまでに世界の競馬場で体験したさまざまなシーンが、まるで夢を反芻するかのように美しく幻想的に描かれていきます。これを読んだとき、石川さんにしか書けない傑作だと思う一方で、遺言のようだとも感じました。そして、この本が石川さんの最後の著作のように思えてきたので、そのあと電話でしゃべる機会があったときに「続編を期待しています」と伝えのを覚えています。「まずはこの本が売れないとね〜」と笑ってらっしゃいました。

1970年代の半ば、単身イギリスへ渡って数年間生活をされたお話は、いろいろな媒体でお書きになっただけでなく、酒場でも幾度かおもしろおかしく話していただきました。そこで、ある雑誌の編集者をしていた十数年前、石川さんにそのあたりのことをしっかり書いていただきたいと思い、連載を依頼しました。出だしは快調、もし完結したら単行本になりそうな予感がありました。しかし、数回掲載したところで雑誌が廃刊となり、その連載も中断。これだけは申し訳ない気持ちでいっぱいです。

しかし、石川さんは笑顔で「気にしないでいいよ」と声を掛けてくださり、その後も変わらぬお付き合いをしていただきました。競馬に限らず、人としてのあり方をその背中で教えてくださった偉大な先輩でした。合掌。



コメント
また競馬を愛する人が亡くなってしまったんですね。石川ワタルさんは昔から様々な雑誌等でお目にかかっておりました。残念無念。ご冥福をお祈りします。
  • ササカマ
  • 2016/08/24 3:43 AM
今、石川ワタルさんが亡くなっていた事を知りました。
私は石川ワタルさんの「世界名馬ファイル」のネアルコとリボーの項目を読んで憧れて、イタリア、ドルメレットまで行きました。いつかファンレターを書こうと思ったままでした。後悔の念が耐えません。ありがとうございます。ごめんなさい。
  • さえこ
  • 2017/02/20 10:32 PM
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