パーフェクト種牡馬辞典


第4回日本ダービー馬ガヴァナー


1935年(昭和10年)に行われた第4回日本ダービーを制したガヴァナーは、3戦全勝の競走成績、同じくダービーを勝ったカブトヤマの全弟という良血でありながら、語られることの少ない馬です。というのも、この馬の功績を語るべき関係者が早くに亡くなり、ガヴァナー自身もダービーを勝ったわずか1ヵ月後に死んでいるからです。

以前、『競馬歴史新聞』(日本文芸社)という本の編集に携わったとき、1935年のトップニュースはガヴァナーの死亡記事にしました。記事を書くにあたっての資料集めの際に、参考となる記事をほとんど見つけ出せず難儀したのを覚えています。同じくダービー後に死んだトキノミノルに関しては山ほどあるのですが……。

先に記したとおり、ガヴァナーは3戦全勝でダービー馬となりました。着差は順に4、4、6馬身。岩手県の小岩井農場の生まれで、全兄にカブトヤマ(日本ダービー)、全弟にロッキーモアー(帝室御賞典)、ファインモア(中山記念)などがいる良血馬です。
http://ahonoora.com/gavanar.html



母アストラルは、当時小岩井農場で働いていた伝説の馬産家・高橋勝四郎(のちに千明牧場で二冠馬メイズイをはじめ多くの名馬を作る)が見出した馬で、牧場に連れてくるなり場長の戸田務から馬体の貧弱さをなじられたというエピソードがあります。しかし、高橋は自信たっぷりに、この馬から走る馬を作って見せますよ、と答えたそうです。その予言どおり、アストラルは歴史的な名繁殖牝馬となりました。ただ、同馬が初子を産んだ1930年(昭和5年)に高橋は戸田との軋轢が原因で小岩井を辞めていたので、彼の手柄にはなっていません。

アストラルの配合は「チャペルブラムプトン×ダイヤモンドウエッディング」という組み合わせ。Sainfoin≒Wedlock 3×3が配合的なキーポイントです。山妙(ダービー馬イエリュウの母)、萬楽(テスコガビーの4代母)、英楽(シーマーの2代母)などはこの組み合わせから誕生しています。また、ガヴァナーの全妹である第参アストラルは、オーマツカゼを通じて大牝系を築いています。



ガヴァナーの全兄弟はすべてシアンモアとの交配から誕生しているのですが、この組み合わせは Sierra=Sainfoin≒Wedlock 5×4・4と、上記のクロスを継続しています。戦前の名配合のひとつといえるでしょう。

たとえば、萬楽からテスコガビーに至る道筋を、Sainfoin≒Wedlock と Sierra=Sainfoin を軸に1代ずつ検証してみると、いろいろ見えてくるものがあります。これは説明を始めると長くなるので割愛します。
http://db.netkeiba.com/horse/ped/000a010225/



ガヴァナーはダービーを勝ったあと、東京競馬場での調教中に故障を発症し、残念ながら薬殺処分となりました。それから数日後、厩務員の茅島高平も担当馬に蹴られて死亡しています。

ガヴァナーに騎乗した井川為男騎手(1914年生)は、大正生まれとしては初のダービージョッキーで、このとき20歳6ヵ月。のちにクリフジに騎乗して優勝した前田長吉騎手の20歳3ヵ月に次ぐ歴代2番目の若年ダービー制覇です。今年のダービーをロゴタイプのクリスチャン・デムーロ騎手(20歳10ヵ月)が制したとしても、歴代では3番目です。井川騎手は関西の美馬勝一門下生。豪快な騎乗ぶりが持ち味だったそうです。翌年の第5回ダービーではピアスアロートマスに騎乗しアタマ差の2着。あと一歩のところでダービー連覇を逃しました。彼にとってこれがダービー最後の騎乗となりました。正確な年は分かりませんが若くして病没したとのことです。6歳下の弟・勇蔵も騎手となりましたがビッグレースには勝っていません。

ガヴァナーの全兄で同じくダービーを制覇したカブトヤマは、種牡馬としてダービー馬マツミドリを出し、まだ存命中だった1947年から、この馬の名を冠した父内国産馬限定のカブトヤマ記念という重賞競走が作られました(2003年を最後に廃止)。ガヴァナーも生きていればきっといい種牡馬になっていたはずです。



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